大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)732号 判決 1978年9月07日

上告人

茨城殖産株式会社

右代表者

成澤敬尓

右訴訟代理人

瓦葺隆彦

被上告人

井上甚

外四名

右五名訴訟代理人

糸賀悌治

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人瓦葺隆彦の上告理由第一点について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 昭和四六年三月九日訴外村山耕作は、当時現況田であつた本件土地を上告人に対し宅地に転用する目的で売買する旨の契約を締結し、翌一〇日付で上告人のために売買に因る条件付所有権移転の仮登記を了した、(2) 上告人は農地法所定の手続、宅地造成に関する工事の許可申請をすることなく、いきなり本件土地の埋立工事に着手し、それまで田であつた本件土地をある程度埋めたが、農業委員会の叱責等により中止した、(3) 本件土地は同月一五日市街化区域に指定された、(4) 同年六月二五日村山は本件土地を二筆に分筆し、被上告人吉田と同井上にそれぞれ売り渡し、いずれも同年七月三〇日付で、右被上告人らのためにそれぞれ売買に因る条件付所有権移転の仮登記を了した、(5) 右被上告人らと村山は、それぞれ農地法五条一項三号の規定による農地転用のための権利移動の届出をし、同年七月二六日知事により右各届出が受理され、次いで同年九月七日付で右被上告人らのためにそれぞれ売買に因る所有権移転登記が経由された、(6) 右被上告人らは、前記届出が受理されると、本件土地の宅地造成工事をはじめ、上告人がやりかけた埋立の上に更に土を盛つて埋立を完成し、これを整地するなどして宅地造成し、現況が宅地となつた、というのである。

原審は、右のような事実関係のもとにおいて、公平の観念上、第一の買主たる上告人は、第二の買主たる右被上告人らのした工事の結果を援用して第一の売買契約の効力が生じたとすることはできないと判示し、上告人の被上告人らに対する仮登記の本登記手続承諾請求は許されないとした。

しかしながら、農地についてその宅地化を目的とする売買契約が二重に締結され、それぞれ買主が将来取得すべき右土地の所有権を保全するために条件付所有権移転の仮登記を経由し、その間右農地が市街化区域に属することとなつた場合において、先に仮登記を経由した第一の買主が農地法所定の手続を履践しないでいる間に、第二の買主が同法所定の手続を了してその売買契約の効力を発生させたうえ、従前の農地を宅地としたときは、特段の事情のない限り、売主と第一の買主間の売買契約は完全にその効力を生じ、第一の買主は、右仮登記に基づく本登記手続請求権を取得し、所有権移転登記を経由した第二の買主に対し右仮登記に基づく本登記をすることの承諾を請求することができると解するのが相当である。

しかるに、原判決は、右特段の事情の有無を判示することなく、前記認定事実から直ちに、公平の観念上上告人を買主とする売買契約の効力が生じたとすることはできないとしたものであつて、原判決の右判断は、法令の解釈を誤り、ひいては審理不尽の違法があるものというべく、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、その余の論旨についての判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里)

上告代理人瓦葺隆彦の上告理由

第一点 原判決の判断に判決に影響をおよぼすことが明らかな法令違背がある。

(一) すなわち、不動産登記法第二条・第一〇五条・第一四六条の問題である。

原判決は、本件土地(原判決別紙第一・第二目録記載)が、もと十王町大字友部字鳥井戸二四三番一田一、六二二平方メートルであつて昭和四六年三月九日本件土地の所有者村山耕作が上告人に対し本件土地を宅地に転用する目的で売買する旨の契約を締結したこと及び右契約の翌日付で控訴人のために条件付所有権移転の仮登記がなされたことを認定した上(以上原判決三丁裏一行目ないし八行目)、進んで「二次的には当時の農地法第五条所定の知事の許可を法定の効力発生要件とする契約として成立した。(以上五丁表七行目以下)と認定した。

従つて右契約を停止条件付債権契約と解するにせよ法定条件付物権契約と解釈するにせよ、農地法第五条所定の知事の許可又は知事の許可を不要不能とする状況(例えば農地法の現況主義から考えられる非農地化宅地化)が発生すれば、仮登記は条件成就により順位保全の効力が現実化し(不動産登記法第七条第二項)、本登記義務者に請求できるものである。

ただ、仮登記の後に登記を得た第三者が存在する場合にのみ、手続上利害の関係を有する第三者の承諾書またはこれに代わる裁判の謄本を添付して登記申請しなければ受理されないこととなつているにすぎない。

原判決は、控訴人と村山耕作との間で昭和四六年三月九日締結された本件土地に関する転用目的のための売買契約の成立を認め(成立を認めれば、特に無効を論じなければ有効と考えるべきであり、従つて控訴人の取得した仮登記も実体と登記の符合した有効なものと当然解釈すべきである。)

更に仮登記の条件成就(客観的に宅地化したこと六丁裏)を認めながら、従つて本登記の承諾請求を認めるべきところ仮登記の順位保全の効力を無視して、再び控訴人と被控訴人らの宅地化の程度転用手続の経過等を審理した上「公平の観念上許されるべきでない」(九丁表六行目)として控訴人の請求を棄却している。

しかし、仮登記の問題において公平の観念なる(公平の観念について明確な判例もなく、学説さえ一定の要件を織り込んだものは代理人は浅学非裁にして知らない)ものを持ち出すことは全く理解できないところであり、優劣は登記順位によつて定まるべきであり、単純明確に解釈すべき仮登記に関する規定の適用を誤つている違法がある。

(二) 原判決は本件を農地の二重売買と認定し(八丁裏七行目)、農地の第一の買受人が農地法所定の手続をあえて履践しないでいる間に、第二の買受人が農地法所定の手続を経由してその売買契約の効力の発生をみた上、自ら土地所有者として宇地造成工事をなし、その結果従前の農地が宅地化した本件のような場合には、第一の買受人は第二の買受人のなした工事の結果を援用して第一の売買契約の効力が生じたとすることはできないと判断している。

右判断の根拠として「公平の観念」を持ち出すが、公平の観念の要件事実は何であるか不明であり、又要件事実を主張立証したらいかなる法律効果が発生するのかも不明である。

結局右のような観念で判決することは憲法第三二条の裁判を受ける権利を不当に侵害するものであり、憲法違反である。<以下、省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例